みおくる

「それでは、火葬にうつらせていただきます。」

防火シャッターが閉まると、点火を告げる音が飾り気のない室内に反響した。
18年間連れ添った家族を入れた、とても小さなダンボールが
けたたましい音ともに燃やされていくのを聞きながら、僕はうまく手を合わせることができないまま、ぼうっとシャッターを見つめていた。


中学2年生のときに連れられてやってきた3匹の兄妹は、みんなてんでバラバラの模様で兄妹だと言われなければ分からないくらいだった。
そのうちの1匹はシャムとトラをかけ合わせたような模様の女の子で、幼いながらも落ち着いており、思春期真っ盛りの僕は「この子はモテそうだな」と感じたことを今でも覚えている。

多感な時期を共に過ごし、何度も同じ寝床で一緒に眠った。
社会に出て1年目の年に兄妹のうちの1匹が亡くなった。
その後を追うようにもう1匹も亡くなり、彼女だけが残された。

僕ら家族はぽっかりとあいた穴を埋めるように、保健所の張り紙を見ては、1匹、また1匹と子猫を引き取るようになった。
彼女の孤独が少しでも薄まればという思いもあったが、孤独の色は一層濃くなり、ついに打ち解ける様をみることのないまま、僕は家を出た。


あれから昨日にいたるまでの18年間、4匹の家族を見送ってきた。
僕ら家族はいびつな足場の上に成り立っており、家族皆をひとつに結びつけてくれているのはこの小さな家族のおかげなんだと、毎回、失くすたびに、思わずにはいわれなかった。

猫たちが遊び回り、もうボロボロになってしまった家の壁紙を、「張り替えなきゃね」と言いながらも、どこか愛おしそうに眺める母を僕は知っている。

じゃれた猫につけられた腕のひっかき傷を、「痛い痛い」と言いながらも、何かの大切な証のように撫でる父を僕は知っている。


「火葬が終わるまで、いましばらくお待ちいただけますでしょうか。」

火葬場の外に出ると、雨脚が強くなった。
特に示し合わせたわけでもなく、家族みな気づけば火葬場の煙突が見える場所で 、傘をさしながら会話もなく、ただただ煙突からでる煙を眺めていた。

このままではいけないと思った僕は、煙突から家族の方に目を移すと、母のさす傘は小刻みに揺れ、父の方からは鼻をすする音がした。
弟の着ている黒いTシャツには猫の毛が沢山ついており、「毛が目立つことなんて分かってるだろうに、黒いTシャツ着るなんてバカだな…」と思いながら、ずっと堪えてきたものを堪えきれなくなってしまった。

火葬を終えて戻ってきた彼女は、亡くなる頃以上に小さくなって、そこに横たわっていた。
お骨を箸で壺に移しながら、母が「もっと箸が上手に使えたらねぇ…」と呟いた。僕も全く同じ気持ちだった。彼女の小さなかけらを上手く掴んであげられない自分がとても情けなかった。

小さな骨壷におさまらず、少し溢れてしまった彼女の骨を、とても申し訳なさそうに潰してくれた職員の方の配慮に申し訳無さを感じ、また、それと同時に、毎回毎回、悲しみに暮れた家族を前に火葬し続ける、その心中を想った。



火葬を終えて帰路につき、この文章を書いている今この瞬間、さっきまでの雨が嘘のように、無情にも空には晴れ間が広がっている。本当に無情だ。

けれど、忘れなければいつだって思い出せる。
忘れられないということは、みおくった人にだけ与えられる、消えない絆だ。