ガソリンスタンド

サファイアとスティールが解決しにやってきた問題は、いつものとおり時間の使い方にかかわるものである。そのガソリンスタンドでは、時間が過去の時代から滲み出しているのだ。<中略>この最後の任務においては、そうしたアナクロニズムは均衡状態へといたっている。つまり、時間が止まってしまうのである。ガソリンスタンドは、「ひとつのポケット、ひとつの真空状態」のなかにある。「車は走っているが、どこにも向かってはいない」。まるでピンターの『ノー・マンズ・ランド』のなかの次のような台詞を、文字通り採用したかのようなシナリオだ。「誰も居ない国<ノーマンズランド>、それはけっして動かず、けっして変わらず、けっして古びず、いつまでもよそよそしく静かなままなんだ」。

「わが人生の幽霊たち」著 マーク・フィッシャー

幼少の頃、僕にとってガソリンスタンドはとても退屈で、ラジオの音や機械の音がうるさくて、芳香剤臭くて、自分ではどうすることもできない終わりをただひたすらに待つ場所だった。コーヒーメーカーには煮詰まったコーヒーが、誰にも飲まれることなくずっと放置されていて、テーブルの上に置かれたカゴには、日に当たって溶けて袋とくっついた飴が不格好に並んでいた。漫画も大人向けのものばかりで全然面白そうに見えなかった。硬いパイプ椅子に座って数を数えたり、外を眺めたり…とにかく退屈を煮詰めたような場所で、車好きの父親に連れられて立ち寄るときは、いつも不機嫌だった。30年経った今では、ガソリンスタンドのことを想うと、何処か心惹かれ、ありもしない故郷を想うような、そんな寂しさとか懐かしさをないまぜにしたような気持ちになる。そんな感情を持ち歩いた結果、いつしかガソリンスタンドの記憶から派生し、今では退屈な時間が流れる場所そのもの自体に心惹かれるようになった。

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