点と点

あの頃僕は、世界について何も知らなかったが、家から半径1km圏内については何でも知っていた。近道。ジャンプが捨ててある箱。よく吠える犬小屋。良い匂いがする庭。本当に何でも知っていた。今の僕はどうか。世界について何か知った気になっているが、家から半径1km圏内については何も知らない。すれ違う人が隣人かどうかも、いつの間にか更地になっていた場所の以前の風景も、本当に何も知らない。時折浜辺に流れ着く異国からの漂流物のように、感傷を伴う過去の自分との邂逅が不意に訪れることがある。無理に引き伸ばされ、散り散りとなったぼくの世界。
(2024/10/25 メモより)


僕は幸福な人間というのをめったにみたことがない。おそらくは一人も見なかったろう。しかしながら、心の満足している人々ならしばしば見た。そして、僕を感動させたあらゆる対象の中で、僕自身を最も満足させたのは、実にこういう人だったのである。

<中略>

満足は、眼に、容貌に、語調に、足どりに読みとられる。そして、その満足に気づく人にも、それは伝播するように思われる。祭の日に、人々がみな歓喜にひたっているのを見るくらい楽しいものはないではないか?人生の雲間を、あわただしく、しかし生々と過ぎ去る歓楽の充溢した光線に、人々の心が湧き立つのを見るくらい甘美な歓びはないではないか?

『孤独な散歩者の夢想』ルソー(著) 青柳 瑞穂(訳)新潮社

みたい自分をずっと見ていられる場所
みたくない自分をみてもいいかなと思えるようになる場所
(2024/11/12 メモより)


「これらもろもろの混合体に対する直接的瞑想ほど抽象的で博学で奥深いものはなく、複雑で部にわたるこの鋳直し、錯雑したこの変換、変転きわまりないこの豹変ほど繊細で提えがたいものはない。おそらくわれわれは自分たちの接触のごく近傍で起こる変化や変容一般について、今まで一度も語ったことはなかったのだ。」

『五感 混合体の哲学』ミッシェル セール(著) 米山親能(訳) 法政大学出版局

この瞬間、人気のない森に人知れず入り、木々に溶けるが如く幕を張り、一人床に伏して目を瞑る、名も無き解脱者に思いを馳せる。
幕を打つ雨音。雨に濡れた熊笹の澄んだ芳香。
その者、失う物は何一つなく、また、持ち得る物も何一つなかった。
獣のように硬く節榑立った両手には、その者がこれまで引き受けてきた辛苦が滲み出ており、小さく痙攣する瞼の裏側には、底の見えない沼のように暗く深い瞳が光を拒むように隠れていた。
(2024/11/20 メモより)

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