アシタカの椀、合鹿椀

数多くあるジブリ作品の食事シーンの中でも、とりわけて好きなのが『もののけ姫』の、アシタカがジコ坊に自分が持っている朱色の椀を渡し味噌雑炊を装ってもらうシーンだ。山奥で野宿をしながら、焚き火に焚べた大きな鉄釜で雑炊を作り、そこに笹で包んだ味噌を溶いている様は、山行における食事の原風景を見ているようだ。山の上で食事を摂るたび、このワンシーンが必ずと言っていいほど脳裏に浮かぶ。大きな漆塗りの椀一つを携え旅するその潔さと豪快さに、強く心惹かれるものがあった。

さて、僕が住んでいる石川県の能登町(旧柳田村)合鹿地方では、合鹿椀(ごうろくわん)という他ではあまり類を見ない形状の漆器椀が古くより作られている。この椀は通常のものと比べ一回りも二回りも大きく、経は14cmで高さは11cmもある、かなり大振りな椀だ。床に置いて食事ができるように作られたこの椀は、高台の高さが3cm近くもある。今となってはどういう経緯でこの椀のことを知ったのか全く思い出すことができないが、初めて合鹿椀のことを知った時、これだ!!!と感じた。椀一つとっても様々な工芸品がある中で、これほど自分と縁がある椀は他に無いだろうと思った。

色んなショップを覗き歩き、最終的に山中塗の合鹿椀を購入した。この椀は一度黒漆を下塗りした上から朱漆を塗り、仕上げられている。使っていく過程で上塗りの朱漆が摩滅し、徐々に下塗りの黒漆が見えてくるらしい。完璧に仕上げられた工芸品は時に使うことを躊躇させ、道具ではなく美術品に落ち着きがちだと思うが、道具として使い倒すことによる経年変化(劣化)が物の佇まいに寄与する設計になっているのは、本当に見事としか言いようがない。

手に持つとずっしりとした重みがあり、決してUL志向ではない道具だが、この椀を山行で使うために今一度他の道具を見直し、重量を調整したいと思う。そして、いつかどこかの山奥で「ほう、雅な椀だな」と誰かに言われたら、ついついニヤけてしまうかもしれない。

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