パイナップルリリー

締め切りが山積みされた部屋の空気を変えたくて、お花を求めてお花屋さんに立ち寄った。初めて入ったお花屋さんは店内に照明らしいものが見当たらず、暗がりの奥で店主が電話越しに誰かに対して何度も謝罪をしていた。こちらに気付いた店主は申し訳なさそうに頭を小さく下げ、「もう少しだけ待っていただけますか」と受話器を塞ぎながら僕に声をかけた。

しばらく待っていると電話を終えた店主が小さな声で「何かお探しですか?」と僕に尋ねた。店主の顔を見ると、すっかり憔悴しきっている様子だった。「予算は千円くらいでお花を一輪と後は緑のもので何か拵えてもらえませんか」と要件を伝えた。店主は少し考え、テキパキと花瓶から植物を抜き取った。

「パイナップルリリーはどうでしょう?」

「パイナップルリリー?」

聞き馴染みのない単語に僕は思わず同じ名前を繰り返した。店主は何も知らない僕をみて、少し嬉しそうな笑みを浮かべながらパイナップルリリーについて説明をしてくれた。

それがパイナップルに似た形をしたユリ科の植物であること。一輪で文字通り華があること。そして、とても丈夫であること。ひとしきり説明が終わると、また店の奥で電話が鳴った。店主は電話の方へと振り返り、受話器を取らずに再びこちらを向いて「あとでかけ直しますので」と独り言のように呟いた。きっと、さっきの謝罪の続きなんだろう。丁寧さは変わらずだが、店主の顔色がまた曇りはじめていた。

そこからは互いに無言で会計を済ませて、お花を受け取った。僕は店の出口へと向かいながら、どうやったらこの状況を少しでも変えられるだろうかと考えていた。店を出る間際、カウンターにいる店主の方へと振り返り「ほんとうに助かりました」と伝え、小さく会釈して店を出た。帰りの車を運転しながら、なんで助かったなんて言ったんだろうとしばらく考えていた。何を言うべきかギリギリまで悩み、咄嗟に出た言葉が「助かりました」だった。

今、花瓶に入れたお花を眺めながら、どこか救われたような気持ちになっている自分がいる。久しく花屋には行っていなかったし、本当にただの思いつきの行動だったけれど、今の自分に必要なのはたしかにお花屋さんに行ってお花を買うことだったのだと、今はそんな気がしている。

<この文章は、ツイッタに投稿した内容を再編したものです>

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