/ 2022.11.29 /
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はじまりのまえのおわり
人が作ったもので、放っておいてもそのままの姿でずっと続いてくれるものというのは、きっとない。僕が育った町で考えてみても、雑木林は埋め立てられてマンションに変わったし、公園の遊具は危険だということで、その殆どが撤去されてしまった。友人が住んでいた家も今は違う人が住んでいるし、僕が住んでいた家はそもそも取り壊されて駐車場になっている。人が作ったものは、作られた瞬間から常に変化していく。誰かにとってはその変化が望ましいものだろうし、違う誰かにとってはその変化が耐え難いものになるかもしれない。もし、変わらず(あるいは変わらないように見える)にその姿をずっと残しているとしたら、それは色んな人の変えたくない・残したいという思いが反映されているからだ。川はいつみても変わらぬ川だ。けれど、その変わらぬ川の姿は、常に水が流れ、変わり続けることで維持されている。変わり続けるという言葉には「続ける」が含まれている。つまり、どう変わるのかと同じくらい、どう続けるのかということを考えなければいけない。さらに、どう終わるのかと、どう始めるのかを抱き合わせて、ボールをあっちこっちに転がしながらずっと考えている。ILL-BOSSTINOは「始まりのまえに終わりがあるって説を信じる」とラップしていた。僕も彼に倣って「変化のまえに継続があるって説を信じる」とラップしよう。