タイガーのコーヒーメーカー

僕がまだ小さかった頃、冬が近づき肌寒くなると母は毎朝コーヒーメーカーで淹れたコーヒーを大きな魔法瓶になみなみと注ぎ、外仕事に出かける父に持たせていた。当時の僕はまだコーヒーがどんな飲み物なのか知らなかったが、コーヒーメーカーに設置されたガラスのポットにポタポタと黒い液体が貯まっていく様子を、朝の寒さを我慢しながら興味深げに眺めていたことを覚えている。

『ジョン・ウィック』を観ているときに不意にそのことを思い出し、半ば衝動的にコーヒーメーカーを買った。どうせならとたっぷり淹れることができる12杯用を選んだ。

コーヒーメーカーが届くと、すぐにコーヒーを淹れる準備を始めた。豆は近所の豆屋さんで一番安い豆を300グラム買って用意した。コーヒーメーカーで淹れるコーヒーは、労働者の飲み物だ。チープであればあるほど良いと思っている。豆をセットし電源をいれるとすぐに抽出が始まった。ガラスのポットにポタポタと落ちるコーヒーをじっと見つめながら、ポットがコーヒーで満たされるのを待った。

12杯分のホットコーヒーは一人で飲むには多すぎる。昼に淹れたコーヒーは保温される過程で少しずつ煮詰まり、夜になる頃にはすっかりと胃に悪そうな味へと変化していた。そんな黒い液体を啜りながら、今、パソコンに向かって仕事をしている。コーヒーメーカーで淹れるコーヒーは、労働者の飲み物だ。安くて不味くて、心が少しだけ安らぐ、労働者の飲み物だ。


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