木彫りの熊

いつからか、木彫りの熊を集めるようになった。正確には熊という生き物に対して不思議な縁を感じ、その結果、熊の形をとったものを集めるようになったというのが正しいかもしれない。その縁の始まりは「山を登っているときに常に熊の気配を感じるから」だったかもしれないし、自分が「熊本出身だから」かもしれないし、なにがきっかけだったのかも説明できない上に、熊に対する感情を上手く言葉にすることができない。だからこそ「不思議な縁」としか表現できずにいる。熊はよく、山の神あるいは山の神の使いとされることが多い。人がどうこうできるものではないという点で自然とよく似ており、その中にどこか畏怖や神秘さを感じる。それはただそこに在り、時に人に益をもたらし、時に人に害をなす。熊をみていると、自分が自然の一部であるということを思い出させてくれる。

いつかの山行時、熊と対峙したことがあった。それは道の真ん中にどっしりと構え微動だにせずこちらを見ていた。僕は動けなくなり、変な汗が体中から吹き出た。その時は対策を全くせず一人で行動しており、あまりに無謀で無知なことをしてしまったと、一瞬の間に走馬灯のように後悔を繰り返した。どれだけ時間が経っても、熊は一向に動こうとしない。正確に言うと1ミリも動く気配がなかった。何かおかしいぞと思い、ようく目を凝らしてみると、ちょうど熊くらいの大きさの切り株が横たわっているだけだった。緊張の糸が切れ、どっと疲れた僕は結局その場から引き返し下山した。あれは確かに切り株だったが、僕が感じた恐怖や後悔は熊と対峙し湧き出た感情そのものだった。木彫りの熊と目を合わせるたび、あのときのヒリヒリとした気持ちが鮮明に蘇ってくる。

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