四郎國光のミニ出刃

僕の中で日々の生活のテーマとして、アウトドアとインドアの活動が地続きになるよう、山で凌ぐときと家で暮らすときの間になるべくコントラストをつけないよう心がけている。理由や動機は色々とあるが、ここでは割愛。そして、その実践の一環として、使う道具の共通化がある。それは山で使う道具を家でも使うということでもあるし、逆に家で使う道具を山でも使うということでもある。山で使う道具を家でも使うというのは比較的想像しやすいと思うが、家で使う道具を山でも使うというのはどうだろうか?これがなかなか面白い問いで、ここ数週間ずっとああだこうだと考えていた。いろいろと考えた結果僕が一番面白そうだと思い至ったのは<包丁の共通化>だった。家には包丁が1丁しかなく、鹿児島県にある池浪刃物製作所が作る本種子島包丁をずっと気に入って使っている。刃渡り15cmのこの包丁を最初は山に持っていこうかと考えたが、携行するには中々に大きく早々に断念した。それではと、池浪刃物製作所で小型の包丁を探してみたがピンとくるものを見つけられなかった。そんな中たまたま見つけたのが、福岡県にて代々刀匠として刀(廃刀令後は包丁)を打ち続ける四郎國光の出刃包丁だった。生産地が九州であるというところに惹かれたのもあるが、何より四郎國光が打つ包丁の腹の独特な風合いに心を持っていかれた。この風合いが安来鋼由来のものなのか、四郎國光が成せる技なのかは素人目には全く分からないが、とにかくその魅力に取り憑かれてしまい、四郎國光の出刃包丁の中でも最も小さいミニ出刃包丁(刃渡り10cm)を後先も考えずに取り寄せた。2週間ほど経ち、ようやく届いた四郎國光の包丁は、ディスプレイ越しに何度も眺めた商品画像の何倍も魅力的だった。包丁を光にかざし、うっとりと眺めるその様はなかなかに狂気を宿していたと思う(もしかすると呪いの刀ってこんな感じでは)。

◇ ◇ ◇

後先考えずに取り寄せた結果、どう携行するのか一切考えていなかったことがここにきて明るみに。まさか包丁を抜身のまま持ち歩くわけにはいかず、amazonを彷徨いながらケース(シース・鞘)を探すも「これだ!」と思うものを見つけられなかった。鋼の包丁はそもそも異常に錆びやすく、野菜を切って数分放置しただけでうっすらと赤錆が浮いてくる。ゆえにアウトドアナイフはステンレスあるいは黒打ちした高炭素鋼製が多い。「刀で人を斬っていた武士は一体どうしてたんだ…。速攻錆びて切れなくなるだろうに…。」と思い調べてみると、すぐに(かつ丁寧に)刀身についた水分を和紙や柔らかい布で拭き取っていたらしい。なるほど、さすがプロフェッショナル。錆のことを考えると通気性がそれなりに良いケースが望ましく、山に持っていくなら極力軽いものが良い。手持ちのX-pac生地で縫うか、あるいは3Dプリンタでメッシュ構造のケースをつくることも考えたが、最終的にはレザーでケースを作ることにした。レザーは湿気を吸うため、鋼の包丁を収めるものとしてあまり適切とはいえない。けれど、僕にとってはそういう機能的なデメリットを上回る、大きな動機があった。今回ケースに使うレザーは、ずっと大切に保管していたDannerのSLUSHER 5(レザー製)のベロ部分を活用することとした。SLUSHER 5はハンターシューズで、僕が初めて山に登ったとき、本来登山に履いていく靴ではないのに、(知識がなく)意気揚々とこれを履き白山に登ったという思い出の一足である。ソールがすり減り割れてしまい、ソール交換のため靴屋に持っていったが、ソール交換不可と店員に言われて泣く泣く持ち帰り、その後日の目を見ること無くずっと靴箱で保管していたものだった。靴に鋏をいれるとき少し心が傷んだが、そこから体調の悪さ(低気圧由来の頭痛)を吹き飛ばす勢いで一気にケースを完成させた。

きちんとした設計を行わず、ノリと勢いで作ったため、ちょっと不格好な仕上がりになったけれど、自分にしか感じ取ることが出来ない思い出と愛着で溢れるケースとなった。Dannerのロゴが見切れているところが気に入っていて、新たに生命を吹き込む意味で3Dプリンタで出力した自分のサイン型を使って型押しした。使うかどうかは不明だが、ケース上部を縫わなかったことでケースを開くことができるので、鍋つかみとして使うこともできる(はず)。実際に山に持って行き、包丁の状態を見てからにはなるが、錆がちょっと心配なのでもしかすると後日タイベックでライナーを作るかもしれない。

使うことが楽しみだった道具を、使うことが当たり前になる日々。これが日々における僕のささやかな幸せであり、そういうささやかさで日々を満たし暮らしていきたい。

Index
Prev
Next