雑木林を抜けて

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僕がまだ小さかった頃、当時住んでいた家と、通っていた小学校を直線距離で結んだその間に鬱蒼と生い茂る雑木林があった。僕の通学路はこの雑木林を丁寧に迂回するかたちで線が引かれており、幼心に「この雑木林を通ったら、あっという間に学校に着けるのに」と思っていた。

ある日、盛大に寝坊をしてしまった僕は、なんとか朝のホールムームに間に合うためにこの雑木林を通ることを決心した。
雑木林の入り口に立ち、あたりを観察すると、大人の踏み跡がわずかに残っていた。「やっぱり通れるんだ!」と、小さな大発見に喜び、勇足で雑木林に入っていった。ほんの数十メートルだと思っていた雑木林は中で道が蛇行しており、道を進むにつれて入り口がどんどん見えなくなっていった。最初は興奮していて気付けなかったが、林の中は人の手が入らず好き放題に伸びた木々が隙間なくびっしりと生い茂り、不気味な仄暗さが雑木林一帯に立ち込めていた。

急に怖くなってきた僕は、他にはいっさい目もくれず、地面を凝視しながら駆け足で雑木林を通り抜けた。今思えば、ほんの数分の出来事だったように思う。けれど、当時の僕は永遠にこの道が続いているように感じ、足がすくんだのを覚えている。

結局、朝のホームルームには間に合わなかった。雑木林を抜けたところで体操服を忘れたことに気がつき、雑木林を迂回していつもの通学路を通り、泣く泣く家に取りに戻ったからだ。

小学校から中学校に上がる頃、大規模な住宅地開発が雑木林を含めた地域一帯で行われた。今となってはあの鬱蒼と生い茂る雑木林の面影は、辺りを見渡してみても、どこにも残ってはいない。

ただ、時折あの時感じた怖さを思い出すと同時に、大人になった今の自分の目線で、当時のまだ小さかった自分の後ろ姿を見守る映像を思い浮かべることがある。
まるでインターステラーのジョセフのようだなと思いつつ、ひとつなぎの道の上に、たくさんの自分が立っているということに、どこか安心するのである。