スローなブギにしてくれ

子供達が校歌を大声で歌いながら通りを歩いている。部屋に立ち込める熱気を払うために開けた窓から、その歌声だけが部屋へと迷い込んできた。風は無い。うんざりするほどの熱気が、今も部屋の中をゆっくりと僕を嬲るように漂っている。道すがる近隣住民と先ほどまで校歌を歌っていた子供達が楽しそうに談笑する声が聞こえる。数ヶ月前に姿を潜めた日常が、少しずつその姿を取り戻しつつある。

ついに暑さに耐えかねて、冷房の電源を入れる。窓から見える木々はまるで一時停止した映画のようにピクリとも動かず、ただ再生される時を待っている。いつの間にか談笑する声も聞こえなくなっていた。

自分はここまでの選択肢を間違ってしまったのではないだろうか。今日のお昼ご飯をマックのハンバーガーではなく、かつやのカツ丼にしていれば、こんな物思いに襲われずに済んだのかもしれない。秘められた可能性とは、日々とは異なる選択のバリエーションの中にあり、昨日と変わらない選択を取り続けているだけでは涼宮ハルヒの憂鬱のエンドレスエイトのように、ただただ同じことが繰り返される日々と、決して同じ心境では繰り返してくれない自我に付き纏われることになる。

つけたはずの冷房が熱風を出していることに気がつく。自分が誤ってリモコンの暖房ボタンを押していたことを知り、うんざりして家を出る。どこか涼める場所へ行こう。人混みを避け、人気のない、風が通る場所へ。タバコは部屋に忘れてきてしまった。

何かが変わり始めた予感がした。