/ 2026.02.09 /
3-6 /
260209 ⇢ 260215
§260209
- 昨晩ぼちぼち雪が降ったが今朝にはどっかにいっていた
- 早朝に除雪車が走ったと思われる
- ありがとう
- このまま降らないでほしい
- 早朝に除雪車が走ったと思われる
- 選挙投票及び結果をうけ、浮き彫りになる世間の潮流を眺めながら、「勝ち馬に乗る」「マイノリティ/マジョリティ」とかは意識せず、これは自分の思想の立ち位置を再確認する場だなとあらためて感じる
山窩は自分等の仲間のことをショケンシとか、ケンシ或はケンタと呼ぶ。世間師の誤つたものであることは明かである。この語の内容には、旅をして渡り歩く者といふ意義が附随してゐる。彼等は行旅放浪をその傳統的生活態度としてゐる。
【『又鬼と山窩』(後藤興善1/著, 批評社/出版)】P.21「二、漂泊者 世間師」より
- 「世間知らず」という言葉から、僕はてっきり“世間”というものが“社会”を指していると思い込んでいたが、もっと広義の意味で人が生きている場を意味する言葉なのかもしれない
「世間師」は共同体の外側にあり、多様な価値で成立している「世間」を渡り歩く存在だ。共同体の外側にある価値、文化や産業や生活といったものを見て歩き、そうした価値を自らの共同体に刺激として持ち帰る。共同体の漸進的な発展は、世間師によってもたらされてきたのである。
【『今を生きる思想 宮本常一 歴史は庶民がつくる』(畑中章宏/著, (講談社/出版)】より
- 「地の民、風の民」でいうところの「風の民」か
- 後藤興善(ごとうこうぜん):日本民俗学の先駆的研究者 ↩