オムライス

金沢駅西口の広場で、彼の到着を待った。コロナ禍になってから一度も顔を合わせていないから、もう5年以上彼とは会っていないことになる。自分では分からないところで、彼から見たときの僕が変わってしまったと思われたら嫌だなとか、僕が知っている彼とは違う彼になってしまっていたら嫌だなとか、そんな自分本意な悩みをポケットの中でいじりながら、行き交う人の流れを必死に目で追った。

彼とは専門学校からの付き合いで、一時期は同僚で、気のおけない数少ない友人で、毎晩朝方までウイイレで1000戦以上戦ったライバルでもある。お互いに紆余曲折を経て、彼は東京の大手ゲーム会社に勤めていて、僕は地元に残って何でも屋まがいのことを商売にしている。

不意に後ろから僕の学生時代のあだ名を呼ばれ、ドキッとして振り返ると彼が立っていた。「ごめん。待たせたね」「全然だよ。久しぶりだね。元気してた?」「元気だよ。そっちは?」そんなよそよそしい会話を不器用に投げ合いながら、駐車場に停めた僕の車のところまで歩いていく。「失礼します」と一言声をかけて車に乗り込む彼を見て、変わってないなと小さく安堵し、変わらないことを望む僕は全く変われていないなと、少し申し訳ない気持ちになった。「じゃあ、出発します」「うん」エンジンをかけると、車のスピーカーからNujabesのreflection eternalが流れ出し、心が20代のあの頃へと引き戻される。お互い無言になり、静かに耳を傾けた。

遅めのお昼ご飯を食べに、昔二人でよくいった喫茶店へと向かう。道中お互いに近況報告をしながら、変わったところと変わっていないところを確かめ合う。やっと希望していた部署に異動になったこと。そこでプロデューサーとして頑張っているということ。今日も仕事でこっちにきたということ。「今は何してるの?」と聞かれたので、最近やっていた仕事のことを話す。「何してる人なのか謎すぎる」と言われ、笑いながら「僕もそう思う」と答える。「ねえ。もう僕らは今年で38なのに、気持ちはずっと25で止まったまんまだよ」と彼にこぼす。「同じだよ。僕も」と、流れる景色を初めて見る景色のごとく、食い入るように見つめながら彼は答えた。

「随分と年季の入ったお店だし、潰れてたらどうしよっか?」なんて言いながら、いざお店についてみると駐車場には沢山の車が停まっていた。お店を続けてくれててありがとうと、心のなかでつぶやく。22歳の頃、彼と僕は同じ制作会社で働いていて、お互いにものすごく貧乏だった。給料が入った日は、ここまで無事生きながらえることができた自分たちへのご褒美に、きまってこの喫茶店に晩ごはんを食べに来た。美味しんぼの『とんかつ慕情』の話を脳裏に浮かべ、「僕らにとってのとんかつはホワイトソースがかかったこのオムライスだな」なんて、そんなことを思いながら、久しぶりのこの味を噛みしめた。彼は都内の生活が長いせいか、せかせかと口に運び、あっという間に食べ終えていた。「平日の昼休憩時のランチじゃないんだから、もっとゆっくり食べたら良かったのに」と僕が言うと「無意識のうちに急いじゃったよ。ごめん」と彼は照れくさそうに答えた。

帰りの車内はずっと無言だった。話したかったことがもう少しあったような気もするけれど、そんなことはもうどうでも良かった。僕は彼との無言の時間が好きで、それを噛みしめるように車をゆっくりと走らせた。空の雲は列をなしており、それに倣うかのように国道8号線は渋滞の列が遠くの方まで続いていた。

彼が宿泊しているホテルの近くに車を停める。彼は後部座席から小さなショルダーバッグを引きずり出し、車を降りた。「じゃあ、またね」「じゃあ、また」「次は夏頃に帰ってくるから、そのときに」「あっという間だね」「あっという間だな」「気をつけてね」「ありがとう」そそくさと歩き出した彼は、こちらを一度も振り返らず人混みの中へと消えていった。とても彼らしいな、と思いながら車のアクセルを踏む。ぽっかりと空いた助手席はどこかぎこちなく、彼の気配を残していた。

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