クリームソーダ

炎天下の熊本。僕は祖母に連れられて鶴屋デパートへとバスで向かっていた。ちょうど僕の誕生日が近く、何か誕生日プレゼントを買ってもらえることになっていた。祖母はバスを降りる際に何か手帳のようなものを運転手に見せ、お金を払わずに降りた。僕は祖母から受け取っていたお金を精算機に入れ、小さく頭を下げてバスを降りた。「ばあちゃん。その手帳は何?」「これは障害者手帳っていうんだよ。これを見せたらお金を払わなくていいんだよ」祖母は確かそのようなことを言っていた。緩やかな坂道の先は陽炎で道がゆらゆらと揺れていた。祖母はびっこを引きながらゆっくりと坂を登っていく。祖母は足が悪かった。僕は早く誕生日プレゼントが欲しくて今にも駆け出したい気持ちだったが、祖母を急がせてはいけないと思い、気をつけて祖母と並び、ゆっくりと歩いた。デパートに入って何を買ってもらったのか、今では上手く思い出せないが、たいして欲しくなかった物を祖母にねだったことだけは覚えている。祖母がしんどそうに歩く様を見ているのが幼心に辛く、長い時間歩かせてはいけないと思い、適当なものを指差して「あれが欲しい」と言ったからだ。
デパートの中にあるレストランでお昼を摂り、食後にクリームソーダを飲んだ。もう帰るんだと思うと途端に悲しくなった。僕は祖母が大好きで、別れるときは決まって泣いた。また会えることが分かっていても、やっぱり別れるのは辛かった。「足が痛かったらもうちょっとここに居てもいいよ」と僕は祖母に言った。祖母は何か一言、優しい言葉を僕にかけ、僕の手を引いてレストランを出た。

祖母が亡くなる数年前から、今の僕は祖母の中で僕ではないものになっていった。僕の中の小さな僕はそのことを悲しみ、大人の僕はしようがないよと僕を慰めた。いつ着てもしっくりこない、まるで借り物のような喪服を着て過ごした霊安室はどこか居心地が悪く、早く帰りたいなとずっと考えていた。最後の最後まで祖母の顔をしっかりと見ることはできなかった。目を腫らし悲しむ母に、大人の僕はしようがないよと声をかけた。僕は結局最後まで泣くことはなかった。火葬が終わり、骨になった祖母を箸渡しで骨壷へと移していく。生前「箸渡しは縁起が悪いからしてはいけませんよ」と叱った祖母を不意に思い出した。

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